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【ファイナル】1985年 レイカーズVSボストン 全6試合

第1戦

打倒セルティックスを目指し、意気込んでボストン・ガーデンに乗り込んだレイカーズだったが、そこで待っていたのはセルティックスによる"大虐殺"だった。この日レイカーズは148-114の大敗を喫してしまったのである。不安視されていたセルティックスのバックコート陣は試合前の評価の覆し、次々とレイカーズのゴールに襲い掛かった。ダニー・エインジは第1Qだけで15得点を決め、スコット・ウェドマンは11本のフィールドゴールを全て決めた。

一方のレイカーズのプレイは酷く、特に38歳を迎えていたカリーム・アブドゥル=ジャバーはロバート・パリッシュに抑え込まれ、12得点3リバウンドと散々な内容だった。この歴史的大敗は「大虐殺記念日(Memorial Day Massacre)」と名づけられ、レイカーズにとって屈辱的な日になると共に1958年以来26年越しの悲願である打倒セルティックスに、早くも暗雲が立ちこみ始めた。

この試合は2008年のファイナル第7戦で131-92でセルティックスが勝利するまで、同カードで最も点差の開いた試合だった。

第2戦

"大虐殺"の翌朝、レイカーズの宿泊ホテルで恒例のビデオセッションが行われる中、ジャバーは最前列の席に居た。レイカーズのヘッドコーチ、パット・ライリーは敗戦のビデオを繰り返し見せながら、不甲斐ない選手、特にジャバーのプレイを激しく叱咤した。チームメイトの誰よりも年長のジャバーはライリーの叱咤を瞬きもせずに受け止め、そしてセッションが終わってからは選手一人一人に謝罪をして回ったという。彼の態度はチームの奮起と結束を促した。

第2戦をレイカーズは109-102で勝利した。第1戦では散々な内容だったジャバーはこの日30得点17リバウンド8アシスト3ブロックと大活躍した。マイケル・クーパーはFG8/9の22得点を記録。ジャバーの復活でレイカーズが1勝1敗とシリーズをタイに戻し、またセルティックスが持っていたホームコートアドバンテージを無効にした。

第3戦

波に乗るレイカーズはフォーラムに戦いの場を移した第3戦を136-111で勝利した。第2Q中盤までは48-38でセルティックスがリードしていたが、ここからこの日29得点のジェームス・ウォージーが猛反撃を見せ、前半が終わる時点で65-59とレイカーズが逆転を果たしていた。以降レイカーズは一度も並ばれることなく勝利を収めた。ジャバーはこの日も26得点14リバウンドを記録し、チームを牽引する活躍を見せた。

一方初戦の大勝から一転、2連敗を喫したセルティックスは、エースのラリー・バードがシュートスランプに陥っており、この2試合ではFG17/42という内容だった。実はこの時右ひじと背中に故障を抱えていたのだが、事情を知らない多くの人々はバードがレイカーズのクーパーのディンフェンスに抑えられていると思っていた。

第4戦

第4戦は接戦となった末、セルティックスが107-105で勝利し、レイカーズに傾いていた流れを引き戻した。試合終盤、105-105の同点の場面でダブルチームに掴まったバードはボールをこぼしてしまうが、それを拾ったデニス・ジョンソンが決勝点となるシュートを決めた。

第5戦

お互い2勝で並んだ第5戦は今後のシリーズの流れを左右する重要な一戦だった。セルティックスのケビン・マクヘイルはチームの期待に応え、試合序盤に16得点を決めた。業を煮やしたライリーHCは第2Qからはジャバーをマクヘイルにマッチアップさせ、ロバート・パリッシュにはカート・ランビスを当てた。このマッチアップ変更が功を奏し、第2Q後半にはレイカーズが一気に畳み掛けて前半を64-51とリードして終えた。後半に入ると89-72とさらに点差を広げるが、セルティックスも反撃し、残り時間6分までに101-97の4点差に追いついた。しかしここからジャバーが4つのショット、マジックが3つのショットを決めてセルティックスに止めを刺し、120-111でレイカーズが勝利し、ついに悲願のセルティックス打倒まで、あと1勝となった。

第6戦

ボストンのホームアリーナ、ボストン・ガーデンには"ガーデンの魔物"が住んでいた。1928年に建てられたボストン・ガーデンはNBA最古のアリーナで、その長い歴史の中で数々の逸話を生み出し、いつしか人々は「ガーデンには魔物が住んでいる」と噂するようになっていた。レイカーズにとっては前季のファイナル第5戦で襲われた猛暑が記憶に新しい。セルティックスは過去ファイナルで敗退したのは27年前の1958年のセントルイス・ホークスの1度のみで、またこのガーデンで優勝を許したことは一度もなかった。2-3-2のフォーマットとなったこの年、レイカーズはもはやこのガーデンで優勝するしかなく、彼らはこの伝説に挑戦することとなった。セルティックスと数々の激戦を繰り広げるうちに何時しかこの伝説の一部分となってしまったレイカーズのジェネラル・マネージャー、ジェリー・ウェストは第6戦以降チームに同行しないことを決めた。

前半、セルティックスはジャバーをファウルトラブルに陥れるに成功したが、しかしミッチ・カプチャックがジャバーの穴を埋める活躍を見せ、55-55の同点で前半を折り返した。セルティックスは前半のローテーションを7人だけで回したため、後半に入ると疲労の陰が見え始めた。セルティックスの変化を見逃さなかったライリーHCはさらにセルティックスの体力を削るべく強力なプレスを敷いた。レイカーズの激しいプレッシャーの前にセルティックスが混乱に陥る中、この日29得点のジャバーの活躍で少しずつ点差が広がり始め、そして第4Qにこの日36得点と奮闘したマクヘイルがファウルアウトした時点で勝敗が決した。最終スコアは111-100。レイカーズが2年ぶり、80年代に入って3回目の優勝を決めた。

過去8回の優勝を誇るレイカーズでも、この優勝は特別なものだった。ガーデンの魔物、過去8回のファイナル敗退、あらゆる軛を断ち切った、26年越しの悲願の達成だった。前年、ホームチームの優勝にコート中を埋め尽くして祝福したガーデンの観客達は、この日は歓喜してロッカールームに下がっていくレイカーズを、沈黙のまま見送った。

ファイナルMVPは不甲斐ない第1戦から見事に立ち直り、シリーズ平均30.2得点11.3リバウンド6.5アシスト2.0ブロックの成績でチームを牽引してきたカリーム・アブドゥル=ジャバーが選ばれた。38歳のファイナルMVP受賞は、NBA最年長記録であり、さらにジャバーはこのシリーズでプレーオフ通算得点で歴代1位となった。キャリア16年目を迎えた老兵が達成した偉業であった。第1戦の大虐殺の後、ジャバーを激しく叱咤したライリーは、38歳のジャバーが怪我も厭わずルーズボールにダイブする姿を見て、「そこに情熱を見た」と絶賛した。

シリーズ中右肘と背中の痛みに悩まされたバードは、特に背中の痛みは後の彼のキャリアに暗い影を落とすが、それでもバードはリーグ最高の選手の一人として君臨し続ける。そしてレイカーズとセルティックスの両雄は1シーズンを挟んだ後、1980年代最後の決戦を迎える。
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